前回の調査で、2010年までの「放送」は無線通信のみだったと分かった。では、NHKを受信できる設備を持っていても、ケーブルテレビならばNHKとの受信契約を結ぶ必要はなかったのだろうか。これが、今回の調査対象だ。
ケーブルテレビ
日本のケーブルテレビの歴史は、1955年に群馬県の伊香保で実施された共同受信実験から始まっている。地上波テレビ放送の難視聴地域の解消を目的として行われた実験だ。
日本で初めてテレビ本放送が始まったのは、1953(昭和28)年2月1日。この日、NHKが内幸町の放送会館屋上のアンテナからテレビ本放送を始めた。受信者数は、わずか866。(中略)テレビ本放送開始から2年後の1955年6月10日、東京から120㎞離れた群馬県の伊香保温泉にテレビ共同受信施設が完成した。
一般社団法人 日本ケーブルテレビ連盟
沿革Ⅰ 連盟活動の軌跡
https://www.catv-jcta.jp/jcta/files/pdf/history/history_en1.pdf
山頂に建てたアンテナからケーブルを引き、伊香保温泉の旅館等で利用したようだ。総工費340万円のうち、150万円をNHKが実験費用として負担したとされているから、NHKも難視聴対策のためのケーブルテレビには積極的だったようだ。ただ、工事費用を負担したならば、NHKを視聴できるようになった事業主や家庭にも受信契約をするよう求めたに違いない。
当時300円だったNHK月額受信料は、ケーブルテレビの視聴者も支払っていたのだろうか。
支払っていたにしても、なんらかの法律改正は行われているはずだ。なにしろ、2010年まで「放送」は無線通信のみだったのだから、法律改正がなければケーブルテレビは「放送」ではなくなってしまう。放送でなければ受信契約も結ぶ必要がない。
改正されているとすれば、有線テレビジョン法が施行された1972年以前であるはずだし、1968年、テレビ共聴組合の方が共聴施設建設への助成金について交渉した際、加入者の受信料減額を条件として挙げたとされていることを考えると、1968年には受信料の支払いが発生していたと思われる。
放送法
受信契約について、放送法には以下のように記されている。ここで協会と呼ばれているのは、「日本放送協会」のことを指している。もちろんNHKのことだ。
第六十四条 協会の放送を受信することのできる受信設備(次に掲げるものを除く。以下この項及び第三項第二号において「特定受信設備」という。)を設置した者は、同項の認可を受けた受信契約(協会の放送の受信についての契約をいう。以下この条及び第七十条第四項において同じ。)の条項(以下この項において「認可契約条項」という。)で定めるところにより、協会と受信契約を締結しなければならない。
放送法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=325AC0000000132
もしも改正されたとすれば、無線・有線の垣根をなくすような記述、この第64条でいえば「協会の放送を受信することのできる受信設備」だろうと当たりを付けて探してみた。
国会
法律改正ならば国会で審議される。そこで国会の会議録を調べ、1952年の会議録に目当ての記載を見つけることができた。
放送法施行とNHK設立は1950年だが、NHKの本放送開始は1953年2月だ。テレビ受信契約が始まる前の改正ということになる。
改正審議の流れは、次の通りだ。
- 衆議院の委員会で話し合い・採決
- 衆議院の本会議で採決
- 参議院の委員会で話し合い・採決
- 参議院の本会議で採決
衆議院
電気通信委員会においては、受信料金が200円になると聞かされて「高い」という声も挙がるが、「あくまで予定金額。国会審議で決まる予定だ」といった説明があったことで質疑は終了する。
そして、本会議。
発言内容を要約すると、こうなる。
NHKは受信料を財源にしろって法律で決められてるのに、受信契約と受信料の対象が標準放送だけなのは法律の不備でしょ。
「日本放送協会のテレビ放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会と受信契約を締結し、協会はその者から受信料を徴収し得ることとする」と変更しませんか?
衆議院で可決したことを受けて、参議院へ。
参議院
参議院の電気通信委員会では意見がぶつかり合っている。(結局のところ、全会一致で可決するが)
テレビ放送開始前ということや当時の政党や立ち位置などを理解していないので、それぞれの発言にどのような意図があるのかは分からない。ざっくりまとめると、以下のような意見の対立だ。
今回の改正で標準放送を標準に改正するのは、テレビ放送の審査を民放と公平にするためだったよね。NHKのテレビ事業を受信料で運営すると決めることが目的のように思えるんだけど。だとしたら、話が違うよ。
いえいえ、あくまでテレビ放送の審査を民放と公平にするためです。
ただ、受信料で運営すると決めておかないと、財政基盤も不安定ってことで、NHKのテレビ放送の審査にも影響しますし。
そして、本会議。
参議院の本会議では、意見の対立もない。発言内容を要約すれば、以下の通りだ。
NHKの財源を確保するためにも、標準放送(中波放送)だけじゃなくて超短波放送も対象とすべきです。簡単なことですよ。32条(現64条)の「標準放送」とされている部分を「放送」に変えれば良いんですから。
*中波放送はAMラジオなど、超短波放送はテレビ(VHF)やFMラジオに使用される。
放送法の改正
このようにして、放送法は改正された。日本にケーブルテレビが登場する以前の話だし、インターネット経由の動画配信が始まることなど知りようもなかった時代の話だ。
もしも超短波放送を対象に加えただけだったら、つまり電波のみが対象のままだったら、どんなことが起きていたのだろうと考えたくなってしまう。
ともかく、この改正によって、NHK放送を受信できる設備を設置すれば、有線・無線に関係なくNHKとの受信契約を結ばなければならないと解釈できる法律が完成したわけだ。
まとめ
「放送とはなにか?」を調査してきたわけだが、日本における「放送」は、次のように言えるだろう。
「放送」とは、有線・無線に関係なく公衆によって受信される送信。
そして、NHKの受信契約については、次のように言える。
有線・無線に関係なく、NHKの「放送」を受信可能な装置を設置していれば受信契約の対象。
インターネットは有線だし、2020年4月からNHKプラスでは「放送」の同時配信が開始されていることもお忘れなく。