前回、受信装置側から考えた「放送とはなにか」を調査していくうちに、「どうして、テレビの受信装置は、有線から無線という進化を辿らなかったのだろうか」という疑問が浮かびあがった。
今回はその理由について調査してみたいと思う。
ケーブルテレビ
現代にケーブルテレビが存在しているのだから、有線によるテレビ放送は技術的に可能だと言える。しかし、テレビの登場当時はどうだったのか。
仮に有線放送が可能だったなら、無線である電波放送と有線であるケーブルテレビとの間で、テレビの主権が争われた筈だ。だが、そんな記録はどこを探しても見つからない。
実際には、テレビ先進国であったイギリスやアメリカにおいても、後進国であった日本においても、ケーブルテレビは電波放送の登場後に普及している。しかも、それらケーブルテレビの登場は、電波放送の難視聴を解消することが主な目的だった。受信状況の悪い地域にテレビ中継局を設置して、受信したテレビ放送をケーブル経由で近隣の家庭に送信していたのだ。
電波放送をサポートするような仕事などせずに、自分達で有線のテレビ放送ネットワークを築き上げていれば、もっと大きく成長できただろうに。そんな風に思えてしまう。
だが、そうせざるを得なかった理由があるのだ。
これには2つの大きな要素が影響していたのだと分かった。アナログ信号とケーブルだ。
アナログ信号とケーブル
デジタル信号が使用されるようになるまでの間、テレビ放送にはアナログ信号が使用されていた。また、テレビの登場当時、ケーブルは信号の減衰も大きく、電気ノイズにも弱かった。
現代と較べて、どのくらい減衰が大きくて、電気ノイズに弱かったかまでは調べきれなかった。手を抜いたわけではない。情報がみつからないのだ。もちろん、AIサービスにも尋ねてみたが、「わかりません」とつれない返事。
もしもこの文章を読んでくれている人がいるならば、こう伝えたい。
あなたは今、世界中の人が興味をなくした歴史に目を向けようとしてますよ、と。
僕としては、同類がいてくれて嬉しい限りだ。
とにかく、その当時にケーブルを使用してテレビ放送を送信したとしても、放送局から遠くなるほどに信号が弱まり、ノイズも増えていくので、離れた場所に住んでいる人々は、まともにテレビ放送を受信できなかっただろうということだ。
デジタル信号ならば、減衰する前に中継局で再送すれば対応できるだろうが、アナログ信号の場合は、そうもいかない。中継局で信号を増幅してみても、ケーブルを経由することで発生するノイズまで増幅されていく。電話会社も有線による音声データの伝送技術を確立していたが、遠距離伝送には同様の課題を抱えていた時代だ。音声に映像データが加われば、課題はなおさら大きくなる。
そして、ケーブルを使用してテレビ放送を送信するには、もうひとつの課題があった。
ケーブルの敷設費用だ。受信世帯が増えるほどコストが掛かってしまう。その点、電波ならば送信・受信用のアンテナを用意すれば済むので、費用は少なくて済む。安価にインフラを整えるには、ケーブルよりも電波のほうが都合が良かったのだ。
電波ならば遠くに放送を届けられる。送受信技術の基礎となる実績もあった。ラジオだ。
テレビが登場した当時、既にラジオは多くの家庭に普及していた。そして、積み上げていたのは、技術的な実績だけではない。広告によって収益を上げるというビジネスモデルも出来上がっていたのだ。
そのビジネスモデルを活用すれば、テレビも大きな収益を生みだすだろうと予見されていたに違いない。だからこそ、多くの投資家の資金を集めることができたし、急速に普及させることもできたのだ。
放送法
こうしてテレビ放送は、電波を使用して送信されるようになった。
経緯には納得できたが、腑に落ちないことがある。日本における「放送」の定義だ。
「放送」は、電気通信事業法の「電気通信」を指すのだと放送法に書かれている。
そして、電気通信事業法を読めば、有線も対象なのだと書かれている。
電気通信 有線、無線その他の電磁的方式により、符号、音響又は影像を送り、伝え、又は受けることをいう。
電気通信事業法 第二条第一号
放送法が施行された1950年には、日本にケーブルテレビといったサービスなど存在しなかった。
ケーブルテレビが登場する未来を見越して、予め定義しておいたというのだろうか。
研究者の論文ならまだしも、あくまで法律上の定義だ。
電気通信事業法
理由はすぐに分かった。電気通信事業法が施行されたのは1984年。
放送法が施行されたのが1950年だから、1984年以降に放送法も改正されているはずだ。だって、それまで電気通信事業者法は存在しなかったんだから、定義に含めようがない。
そして、「放送」の定義が改正されたのは2010年だったのだと分かった。
改正前の「放送」の定義は以下の通りだ。
「放送」とは、公衆によつて直接受信されることを目的とする無線通信の送信をいう。
放送法等一部改正法案 新旧対照表-1 (放送法)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000085298.pdf
はっきり無線通信だと記されている。
なるほど。